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40周年式典-記念特別起稿/ 新聞掲載記事はこちら

上田四中創立40周年記念式典コンサート  1998

 

 

'98母校から正式に講演依頼を受けた。十年に一度の式典で、この年創立四十周年を迎えるという。40年の歴史の中で私が四人目の講師という話だった。大変名誉な話であるが一時間も壇上で話す自信は自分にはなかった。ある日、中学校から電話があり校長室に招かれた。「OBの中には企業のトップの方とか、他にもっと偉い方がたくさんいるのでは?」と校長先生に聞くと「ありきたりな一般論を話す人より、あなたのように独自な生き方をしている人の言葉の方が生徒たちには響くんです」と身に余るお言葉をいただいた。さらに教頭先生は「私たちは文部省(現文科省)の教育方針というものがあり、なかなか自分の本音が云えないんです。母校の先輩という立場のあなたなら何を云っても構わないので、生徒たちに何かメッセージを送って欲しい」と云われた。久しぶりに聞くその耳心地の良い言葉に「では、せっかくだからコンサートにしましょう」とつい調子に乗って口走ってしまった。「それなら、なお有り難い」と先生方。
 こうして母校でのコンサートが決定したのだが、すぐに現実的な問題が脳裏をかすめる。体育館で全校生徒の耳に届かせるだけのPAと照明設備、それに必要なスタッフを集めなければならなかった。コンサートにはお金がかかる。学校の予算だけではやはり厳しかった。私は半ばボランティアになってしまうことを伝えて、音響関係の仕事をしている知人たちに協力を仰いだ。皆「学校教育のことだから」と云って快諾してくれた。多くの人たちの力を借りてコンサートの前夜から仕込みを始めた。皆の協力のお陰で殺風景だった体育館は一夜にしてコンサート会場へと変貌を遂げた。生徒たちにとって見慣れた体育館が、非現実的な異空間と化していたことだろう。少し前に真田中学校の文化祭でも依頼を受け演奏したばかりだったので、私はその時のセットリストをベースにコンサートに臨んだ。私の指は水を得た魚のように、かつてなくしなやかに動き完全にコントロール可能な状態にあった。どん帳が開き静かにコンサートが始まる。一曲目のAFTERを弾き終えると会場はシーンと静まり返っていた。「これからの一時間〝自分探しの旅〟に出かけてみて下さい」と、当時流行った台詞で冒頭の挨拶をする。音楽番組等で彼らがテレビの小さなスピーカーを通していつも耳にしているギターの音色とは違い、そこには空気を振動させて体に響いてくる臨場感溢れた真実のギターの音色があったと自負している。出逢いは人生を変えていく。本物に出会う時期は早い方が良い。私自身がそうであったように…。心に生じた好奇心というその小さな波紋がやがて彼等の未来にまで広がっていくことを私は願った。

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